コラム
 

お米の一大産地といえば?新潟県とお米の歴史

新潟の棚田

「お米といえば何県?」と聞かれて思いつくのが、お米の産地の代名詞となっている「新潟県」です。
なぜ新潟県はお米の産地になったのでしょうか。
今回はその理由と歴史に迫って見ましょう。

人々の努力によって米作りの土台ができた

今や全国1位の米どころとなっている新潟県。
その歴史は江戸時代にまでさかのぼります。
もともとかつて新潟県には広大な湿地が広がっており、その中に農業用の水捨て場がいくつもありました。
大雨が降ると捨てられた汚水が田畑に流れ込み、その水を海に捨てることが幾度となく繰り返されます。
庄屋たちはこうした水害を防ぐために水路を作りたいと江戸幕府に願い出ましたが、もともと新潟県は幕府領・村上藩領・長岡藩領などが入り組んで支配関係が複雑になっており、新潟町の反対の声もあり話し合いが難航しました。
そして1817年、ようやく水抜工事が始まって新川も作られ、その後次々と新しい田が開墾されていきました。
新田開発までのたゆまぬ努力と先人による米作りへの情熱は、美味しいお米に引き継がれているのです。
そのような歴史を知った上でお米をいただくと、また格別な味わいになりそうですね。

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お米作りに適した土壌や自然条件

新潟県の土壌や気候はお米作りに最適と言われています。
まず、美味しいお米を作るためには、お米が実る時期に「平均気温が25度であること」「昼夜の気温差が大きいこと」「日々少しずつ涼しくなること」の3つの条件が揃うことが必要ですが、新潟県はこの条件をすべて満たしています。
また、冬には多くの雪が降りますが、暖かくなるとその雪解け水が山林にある腐葉土の栄養を吸い上げながら川に流れ込みます。
自然から作り出されたこの栄養豊富な水が中山間地域の棚田はもちろん、平野部で肥沃な土壌を形成し、新潟県の水田を潤しているのです。

力を注ぐ稲改良

また、稲の改良もこれまで何度も行われています。
冷害や干ばつなどにも強くなり収穫量も増加するようになると、質や味も求められるようになり、新潟県産コシヒカリに代表されるような銘柄のお米がいくつも生み出されました。
コシヒカリは今となっては名高いブランド米ですが、はじめから美味しいお米だったわけではありません。
何代にも渡って改良が重ねられてきた結果、新潟県は全国的なお米の名産地となったのです。
米の作り手の情熱は今も変わらず現代に引き継がれています。
恵まれた気候や土壌、そしてお米作りのプロたちの情熱的な努力。
お米が美味しくなる条件は全て揃っていると言えますね。

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新潟県は初めから米作りに適した環境にあったわけではありません。
先人たちの稲作への情熱によって、今日の素晴らしい環境が作り出されてきたのです。
今夜の夕食にはぜひ、新潟県のお米を選んでみませんか?
新潟県の人たちが重ねてきた苦労を知った上でいただけば、美味しいお米がいただけることへの感謝の気持ちがさらに深まるでしょう。